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ホノルルセンチュリーライド
2003〜2007総集編

作成2008/07/01

ハイロード青山が2003年以来参加してきたHCRのミニレポートです。

1)2003年〜初参加、初完走

もともと地元ハワイのサイクリングイベントであるホノルルセンチュリーライドが、JALが協賛することで日本国内に大々的に紹介されることになった第1回でした。

現地の情報もほとんどない状況で、当時自分青山が勤めていた東京の大きなバイクショップY(以下Y)では、いちはやくツアーを組織したブリヂストンアンカーのツアーに加入する形態でお客さんを募集し、自分青山が担当として同行しました(自費でしたが参加するために業務を調整してもらってありがたかったです)。この年の自分の仲間はわずか4名で、日程は4泊6日でした。

お客さんのアシストをしつつ初めて100マイルコースを走破し、その美しさに強い感銘を受けました。また、コース上でJALのK氏と知り合い、翌年のJAL(=日本事務局)へのアドバイザーとしての協力のきっかけになりました。

人数が少なかったこともあり、小回りを利かせて、
○リムジンタクシーでバイクショップ巡り
○ライド後の自由日はレンタカーで全米屈指のハナウマベイ・ビーチへ行きシュノーケリング
○現地の最高級レストラン「アラン・ウォンズ」でディナー

などいろいろな楽しみを満喫しました。

2)2004年〜仲間との本格ツアーを志向

2回目となったこの年は、冬のうちからJAL(日本事務局)から打診を受け、イベントに関するアドバイスを提供したり、公式ガイドブックに掲載する「パンク修理ガイド」を執筆するなど日本事務局への全面協力体制を取りました(個人としてではなく、当時の職場Yの担当業務としてです。念のため)。また当時の自分の職場Yとしても自分青山を担当にしてイベント勧誘や事前セミナーなどを行い、このイベントの普及に力を注ぎました。

この年はY独自のツアーを設営する計画を立てたものの諸事情により設営できず、応募してくれたお客さん共々ランナーズ社の「ファンライドツアー」に収容してもらって無事に現地へ向かうことができました。

この年の自分の仲間は10名で、日程は3泊5日でした。

現地ではライド前日の土曜日に現地「日本人セミナー」の講師を担当しました。この日未明から会場入りして準備、ライド当日も早起き、次の日はもう帰国(早朝)という厳しい日程で時差ぼけにならなかった年でした。

この年はサポートしたお客さんのペースで75マイルまで走破しました。また前日は昨年の情報を利用してのバイクショップ巡りなどを楽しみました。

3)2005年〜サポートの重要性を痛感

3回目となったこの年は昨年までの経験からサポートが手厚いアンカーツアー(2回目)に仲間を誘導するかたちで現地に向かいました。仲間は総勢20名で、自分は4泊6日の日程でした。この年も事前セミナー等を行っています。

現地では昨年100マイルに到達できなかったお客さんを徹底サポートし、無事に100マイル折り返しポイントまでエスコートしました。ところがそのあとこの方が熱射病で倒れるというハプニングが発生、アンカーツアーの手厚いサポートの恩恵を実感しました。またこの年は大小の事故が頻発(腰骨骨折!というケースもあった)、アンカーのスタッフは大忙しだったようですが参加者には実に安心なツアーであることを実感しました。また夜はアンカー心づくしの完走パーティで一同大いに楽しいひとときを過ごしました。

この年はライド翌日の自由日にはハワイの自転車販売市場調査をしたり、ノースショア地区のイベント下見をしたりとお客さんと離れての業務を行いました。

また冬にはライドの仲間と打ち上げパーティを行い(新宿にて)、アンカーの藤田さんにもご出席いただいて楽しい思い出で盛り上がりました。

4)2006年〜参加者の多様化を実感

4回目となるこの年もサポートの手厚さを評価してアンカーツアー(3回目)で現地に向かいました。この年は仲間の半数が女性で、また普段はほとんど自転車に乗られない御年輩の方のご参加や親子での参加も複数組ありました。仲間は総勢17人で、自分は4泊6日の日程でした。今回も事前セミナー・キックオフパーティ等を行いました。

現地では、ライド主催者HBLの友人からの情報をもとにホノルル近郊のサイクリングコースを設定し、ライドの前日にミニサイクリングを行いました(タンタルスの丘&バイクショップ探訪)。また当日は100マイルを目指す仲間をサポート、無事に走破しました。ライド翌日の自由日は昨年に引き続いて市場調査をしたり、「アラモアナ・ビーチ」でゆっくり泳いだりして過ごし、夜はHBLの友人と仕事をかねてディナーを楽しんできました。

この年も冬になってから打ち上げパーティを行い、仲間との記憶をよみがえらせて楽しみました(真理子さんとの婚約をこの席でお披露目させていただいたのも自分には良い思い出です)。

5)2007年〜初めてのプライベート参加

5回目となったこの年は、募集時点で自分青山がもとの職場Yを退職していて自分のショップ「スポーツバイク・ハイロード」の開業前だったためアンカーツアーの募集資格がなく、仲間を積極的に勧誘して現地に連れて行くことはできませんでした。しかしキックオフパーティや開店前のハイロード店舗での事前講習会など、最小限ながら仲間に協力しました。今回は自分と家族だけの参加となったのでこれまで家族の利用してきたトップツアーで現地に向かいました。日程は4泊6日で、現地合流した仲間の総勢は11人でした。

現地では数名の仲間と合流して一緒に食事をしたり、HBLの友人のホームパーティに呼ばれたりと、楽しく過ごしました。ライドは今回初めてお客さんのサポート無しで真理子さんと二人で100マイル走破しました。帰り道で75マイルを走破した家族と偶然合流でき、ゴールラインを家族4人で越えることができたのは最高の思い出になりました。

6)2008年〜〜

2008年以降は、また様々な事前・事後の企画を通じてホノルルを目指す仲間のサポートをしてゆきたいと考えています。
2008年の「ハイロードHCR完全制覇プラン」はこちらからご覧ください。

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